マトリクス型組織はなぜ失敗するのか

目次

はじめに

 中小企業・中堅企業が拡大する中で、組織をどう設計するか、つまり会社の組織形態は極めて重要な論点です。この組織形態について近年よく取り上げられるのが「マトリクス型組織」という形態です。機能別組織の専門性と、事業部制やプロジェクト制の機動力を併せ持つ―その説明だけを見ると、非常に機能的で魅力的な組織形態に映ります。

しかし、皆さんは身の回りで、マトリクス型組織の実際の成功例をどれだけ聞いたことがあるでしょうか?大手企業や世界的なグローバル企業の一部で導入例は聞いたことがあっても、成功の実例はなかなか聞いたことがない、というのが実情ではないでしょうか。

私は、中小企業診断士としての知見、そして自身がマトリクス型組織で実際に働いた経験から、マトリクス型組織は“理想形”に見える一方で、実際の運営難易度は極めて高いと考えています。本コラムでは、まず組織設計の5原則を押さえたうえで、他の組織形態と比較しながら、その理由を整理していきます。

組織設計の5原則

組織とは、複数のメンバーが共同で或る目的を達成するためにかたちづくるものです。

この組織を設計するには、以下の5つの原則があると言われています。

専門化の原則(分業化)

仕事を分業化することによって専門性を高め、仕事の効率を向上させるという原則です。営業や経理、開発といった業務別に分業化し、それぞれの専門性を高めるかたちです。

権限・責任一致の原則

組織メンバーの権限と責任は等しくなければならないという原則です。権限が責任よりも大きいと無責任な判断・行動を引き起こすことにつながりますし、逆に責任が権限よりも大きいと、自分の管轄でないところの責任まで負うこととなり、モチベーション低下につながります。

統制範囲の原則

一人の管理者が管理できる人数には限りがあるという原則です。統制範囲はスパン・オブ・コントロールとも呼ばれ、コントロールの及ぶ範囲という意味です。例えば、一人の管理者の下に数十人といったメンバーをフラットに配置すると、どうしても管理者の目が行き届かなくなりがちになります。よってこのような場合は、管理者の下に中間管理者を置いて階層化することになります。

命令一元化の原則

メンバーは一人の直属の上司からの命令に従い、それ以外からは命令を受けないという原則です。つまりは指揮命令系統の一元化です。複数の上司から指示があると指揮命令系統が混乱し、メンバーは誰に従って動けばよいのか分からなくなります。

例外の原則(権限移譲の原則)

管理者は、定型業務や日常的な意思決定は下位のメンバーになるべく権限移譲し、自身は非定型業務や例外的な意思決定、つまりより戦略的な業務にリソースを割くべきという原則です。

組織形態の種類

組織設計の原則を押さえたところで、実際に見られる組織形態を見てみましょう。

機能別組織

機能別組織は、営業、製造、開発、人事、経理など、機能ごとに部門を分ける最も基本的な組織形態です。皆さんの働いているもしくは知っている会社も、この形態をとっているところが多いのではないでしょうか。

この組織形態のメリットは、何よりも管理構造がシンプルなことです。また、機能によって部署が分かれていることから、所属員の専門性を高めやすく、部署の中での業務の標準化や効率化が進みやすいとも言えるでしょう。

一方のデメリットとしては、部門間の壁ができやすく縦割り化しやすい、つまり部門横断的な課題やプロジェクトへの対応が遅れがちになります。

この機能別組織は、事業が比較的単一で、安定成長期にある企業に適している場合が多いと言えるでしょう。

事業部制組織

事業部制組織は、製品別・顧客別・地域別などで事業単位に組織を分け、それぞれが収益責任を持つ形態です。

この組織のメリットは、事業単位別の市場や顧客への対応が迅速になることです。また、各事業部のトップが大きな責任を持つことから、経営人材の育成にもつながります。

一方でデメリットとしては、複数の事業部に同じ機能の部署が重複して存在することによるコスト増、また、会社の全体最適ではなく自事業部の利益を最優先する部分最適が起こりやすくなります。

この事業部制組織は、一定規模に成長し、複数事業や複数地域に事業を展開している企業に適していると言えるでしょう。

プロジェクト型組織

プロジェクト型組織は、新規事業や開発テーマなど、特定目的のために期間限定でチームを編成する形態です。

この組織のメリットは、目標に対する取り組みのスピードと柔軟性が高く、目的達成に向けて最適化されたチーム運営が可能な点です。

一方でデメリットとしては、人材育成やノウハウの蓄積といった組織管理面が弱く、常設組織には向かない点です。

この組織形態は、新規事業や研究開発など、変化の激しい環境でスピード感を持ったプロジェクト達成が必要な企業・組織に適していると言えるでしょう。

マトリクス型組織とは

では、マトリクス型組織とはどのような組織形態なのでしょうか。マトリクス型組織は、機能ラインと事業またはプロジェクトラインをタテヨコに掛け合わせた、二重の指揮命令系統を持つ組織形態です。メンバーは単体の部署ではなく、機能部門および事業部(もしくはプロジェクト)に重複して所属するかたちとなります。

この組織のメリットは何と言っても、機能部門の専門性を維持しつつ、事業・プロジェクト単位でも人をアサインできるという組織形態の「いいとこ取り」です。

一方でデメリットとしては、組織が重複することから指示系統が複雑化すること、また責任の所在が不明確になりやすい点と言われています。

マトリクス型組織の難しさ

ここまで読んでいただいた方は、限られた人材を縦串と横串で有効に活用する理想的な仕組みとして、マトリクス型組織に非常に大きな魅力を覚えたかもしれません。しかし、ここに大きな落とし穴があります。私の実際の経験としても、マトリクス型組織は以下の理由により、制度整備が不十分であったり、人員に余裕がなかったりする組織にはお勧めできないと考えています。

理由①: 複雑で矛盾のない制度設計が必要になる

マトリクス型組織は組織の設計原則のうち、命令一元化の原則に従っていません。また、ラインが重複することから、権限・責任一致の原則も曖昧になりやすいと言えるでしょう。これらを明確化するためには、決裁ルートや権限・責任について、タテヨコのラインで無理や矛盾の生じないルール(規定)を定める必要があります。しかし、このようなルールはシンプルな機能別組織などに較べるとどうしても複雑なものとなり、また制度設計の難易度も高いものとなります。

理由②: 質・量ともに高いレベルの組織内コミュニケーションが必要になる

マトリクス型組織を機能させるためには、制度を定めるだけでは十分ではなく、むしろそのルールをいかに実際に運用させるかが極めて重要となります。そしてその運用に際してキモとなるのが「組織内コミュニケーション」です。

例えば、あるメンバーの適正業務配分や勤務状況把握、評価、育成などについては、タテヨコどちらかの長が管理責任者となる必要がありますが、これにはメンバーが関わるもう一方のラインの内容、状況、当該メンバーの役割といったものを随時把握していなければ、適切な判断を下すことができません。結果として、ただでさえ忙しい管理職やプロマネ、メンバーが情報交換するための会議が多数開催され時間リソースをますます逼迫させるか、もしくは十分な情報交換がなされずにライン間に軋轢が生じる、などの組織矛盾が生じがちとなります。

マトリクス型組織が適する場合・適さない場合

以上のように、マトリクス型組織を実際に機能させるには高いレベルの制度整備と組織運用が必要となり、そのためには非常にスムーズな組織内コミュニケーションが欠かせません。

従って、マトリクス型組織は、高度な管理能力を持つ管理職層が厚く、社内コミュニケーションがとりやすい環境が整っている一部の大企業やグローバル企業では適する場合もある、と言えるでしょう。

逆に言うと、人員などのリソースが少なく余裕のない企業、すでに組織内コミュニケーションに問題のある企業では機能させることが難しい、と言えるかと思います。

まとめ

本コラムでは、組織の設計原則と実際の組織形態の類型を紹介し、そのうえでマトリクス型組織の実運用の難しさについて述べました。

マトリクス型組織は、理論上は非常に理想的で魅力的な組織形態です。しかし現実には、タテヨコで矛盾のない制度設計はもちろんのこと、そこに高度な運用管理が揃わなければうまく機能しません。

中小企業・中堅企業にとって重要なのは、自社の規模・人材・管理力に合った“運営できる組織”を選ぶことです。安易に流行りの組織形態を導入するのではなく、運用のしやすい組織形態をとりつつ、段階的に組織の成熟度を高めていくことが、現実的で持続可能な選択と言えるのではないでしょうか。

(執筆:三重野 琢穂)

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